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小川 達彦; 平田 悠歩; 松谷 悠佑; 甲斐 健師; 佐藤 達彦; 岩元 洋介; 橋本 慎太郎; 古田 琢哉; 安部 晋一郎; 松田 規宏; et al.
EPJ Nuclear Sciences & Technologies (Internet), 10, p.13_1 - 13_8, 2024/11
放射線挙動解析コードPHITSは、モンテカルロ法に基づいてほぼ全ての放射線の挙動を解析することができる放射線挙動解析計算コードである。その最新版であるPHITS version 3.34の、飛跡構造解析機能に焦点を置いて説明する。飛跡構造解析とは、荷電粒子が物質中を運動する挙動を計算する手法の一つで、個々の原子反応を識別することにより原子スケールでの追跡を可能にするものである。従来の飛跡構造解析モデルは生体を模擬する水だけにしか適用できず、遺伝子への放射線損傷を解析するツールとして使われてきた飛跡構造解析であるが、PHITSにおいてはPHITS-ETS、PHITS-ETS for Si、PHITS-KURBUC、ETSART、ITSARという飛跡構造解析モデルが補い合うことにより、生体の放射線影響だけでなく、半導体や材料物質など任意物質に対する適用が可能になっている。実際にこれらのモデルを使って、放射線によるDNA損傷予測、半導体のキャリア生成エネルギー計算、DPAの空間配置予測など、新しい解析研究も発表されており、飛跡構造解析を基礎とするボトムアップ型の放射線影響研究の推進に重要な役割を果たすことが期待できる。
甲斐 健師; 樋川 智洋; 松谷 悠佑*; 平田 悠歩; 手塚 智哉*; 土田 秀次*; 横谷 明徳*
Scientific Reports (Internet), 14, p.24722_1 - 24722_15, 2024/10
放射線DNA損傷の直接・間接効果を推定するには、水の放射線分解に関する科学的知見が不可欠である。水の放射線分解により生じる二次電子は、この二つの効果に関与する。ここでは、第一原理計算コードを用いて、水への20-30eVのエネルギー付与の結果生じた二次電子のフェムト秒ダイナミクスを計算し、ナノサイズの極微小な空間領域に生成される放射線分解化学種の形成メカニズムを解析した。その結果から、水の放射線分解によって生成される化学種は、付与エネルギーが25eVを超えると数ナノメートルの極微小領域で高密度化し始めることを明らかにした。本研究成果は、細胞死のような生物学的影響を引き起こすと考えられているクラスターDNA損傷の形成について重要な科学的知見となる。
渡辺 賢一*; 大島 裕也*; 執行 信寛*; 平田 悠歩
Japanese Journal of Applied Physics, 63(5), p.056001_1 - 056001_5, 2024/05
被引用回数:0 パーセンタイル:0.00(Physics, Applied)Liを含むシンチレータ材料は中性子検出に使用されている。Li含有シンチレータは中性子によって生成されたトリトンとアルファ線を検出しており、これらの粒子はガンマ線に比べて高いエネルギーを付与するため、Li含有シンチレータはガンマ線と中性子を分別して測定できる。しかし、シンチレータの発光効率は消光効果と呼ばれる現象により粒子線に対して低下する。正確に中性子とガンマ線を分別するためには消光効果の評価が必要となる。消光効果によるシンチレーション効率変化予測にはBirksの式が用いられるが、Birksの式に含まれる消光係数を決定する必要がある。そこで、本研究ではPHITSを使用し、消光係数をフリーパラメータとしたBirksの式に基づき消光効果を考慮したLi含有シンチレータの発光量を計算した。そして、シミュレーション結果と実験により得られた発光量を比較することで、Liガラス、Ce:LiCaAlF、Eu:LiCaAlFシンチレータの消光係数を決定した。
平田 悠歩; 甲斐 健師; 小川 達彦; 松谷 悠佑; 佐藤 達彦
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B, 547, p.165183_1 - 165183_7, 2024/02
被引用回数:0 パーセンタイル:0.00(Instruments & Instrumentation)蛍光体の粒子線に対する発光効率は消光効果により低下することが知られている。蛍光体検出器を用いて正確な線量分布を得るためには、消光効果のメカニズムを理解することが不可欠である。本研究では、PHITSに実装された任意の物質に対する飛跡構造解析モードに基づいて蛍光体の発光強度を推定する新しいモデルを開発した。開発したモデルにより、BaFBr検出器の消光効果のシミュレーションが可能となり、その結果を対応する測定データと比較することにより検証した。このモデルは、様々なの蛍光体検出器の開発に貢献することが期待される。
松谷 悠佑; 吉井 勇治*; 楠本 多聞*; 赤松 憲*; 平田 悠歩; 佐藤 達彦; 甲斐 健師
Physics in Medicine & Biology, 69(3), p.035005_1 - 035005_12, 2024/02
被引用回数:0 パーセンタイル:0.00(Engineering, Biomedical)水の放射線分解における化学生成物の時間依存性は、電離放射線へ被ばくした後のDNA損傷応答を評価する際に重要な役割を果たす。粒子および重イオン輸送コードシステム(PHITS)は、放射線輸送のための汎用モンテカルロシミュレーションコードであり、物理過程であるイオン化や電子励起などの原子相互作用を計算することができる。しかし、水の放射線分解生成物をシミュレートするための化学コードはPHITSパッケージには存在しない。本研究では、電子線による水の放射線分解生成物(OHラジカル、e、H、HOなど)のG値を計算できるPHITS専用の化学シミュレーションコード(PHITS-Chemコード)を開発した。その結果、開発したPHITS-Chemコードは1 sまでのG値の測定値や他のシミュレーション値と一致することが確認できた。また、このコードは、OHラジカルスカベンジャー存在下での様々な化学生成物のシミュレーションや、DNA損傷誘発に対する直接的および間接的な影響の寄与を分析にも役立つ。このコードは原子力機構が主となり開発を進めるPHITSパッケージに内包され、8000名以上のユーザーに提供される予定である。
佐藤 達彦; 岩元 洋介; 橋本 慎太郎; 小川 達彦; 古田 琢哉; 安部 晋一郎; 甲斐 健師; 松谷 悠佑; 松田 規宏; 平田 悠歩; et al.
Journal of Nuclear Science and Technology, 61(1), p.127 - 135, 2024/01
被引用回数:53 パーセンタイル:99.93(Nuclear Science & Technology)放射線挙動解析コードPHITSは、モンテカルロ法に基づいてほぼ全ての放射線の挙動を解析することができる。その最新版であるPHITS version 3.31を開発し公開した。最新版では、高エネルギー核データに対する親和性や飛跡構造解析アルゴリズムなどが改良されている。また、PHIG-3DやRT-PHITSなど、パッケージに組み込まれた外部ソフトウェアも充実している。本論文では、2017年にリリースされたPHITS3.02以降に導入された新しい機能について説明する。
甲斐 健師; 樋川 智洋; 松谷 悠佑; 平田 悠歩; 手塚 智哉*; 土田 秀次*; 横谷 明徳*
RSC Advances (Internet), 13(46), p.32371 - 32380, 2023/11
被引用回数:1 パーセンタイル:20.85(Chemistry, Multidisciplinary)水の光分解・放射線分解の科学的知見は、生命科学などに幅広く利用されるが、水へのエネルギー付与の結果生じる水和電子の空間分布(スパー)の形成メカニズムは未だ良く分かっていない。スパー内に生じる水和電子、OHラジカル及びHOの化学反応時間は、このスパー半径に強く依存する。我々は先行研究において、特定の付与エネルギー(12.4eV)におけるスパー形成メカニズムを第一原理計算により解明した。本研究では付与エネルギーが11-19eVにおけるスパー半径を第一原理計算した。本計算のスパー半径は3-10nmであり、付与エネルギーが8-12.4eVにおける実験予測値(~4nm)と一致し、付与エネルギーの増加に伴いその半径は徐々に拡大することがわかった。本研究で得られたスパー半径は新たな科学的知見であり、放射線DNA損傷の推定などに幅広く活用されることが期待できる。
平田 悠歩; 甲斐 健師; 小川 達彦; 松谷 悠佑*; 佐藤 達彦
Japanese Journal of Applied Physics, 62(10), p.106001_1 - 106001_6, 2023/10
被引用回数:3 パーセンタイル:44.25(Physics, Applied)半導体検出器の設計を最適化するには、半導体物質内において放射線がキャリア(励起電子)に変換されるまでの過程を理論的に解析する必要がある。本研究では、任意の半導体物質に対し、放射線により生じる二次電子の挙動を極低エネルギー(数eV)まで追跡し、励起電子が生成される過程を模擬できる機能(ETSART)を開発し、PHITSに実装した。具体的には、ETSARTを用いて計算した電子の飛程はICRU37で推奨されたデータ別の計算結果と一致することを確認した。さらに、半導体検出器の特性を表す重要な指標である、一つの励起電子の生成に必要な平均エネルギー(値)について検討し、これまで値とバンドギャップエネルギーの関係は単純な直線モデルで考えられていたが、その関係は非線形関数であることを明らかにした。ETSARTは半導体検出器の最適化設計や応答解析に留まらず、新しい半導体物質の特性評価への応用も期待できる。
佐藤 達彦; 松谷 悠佑*; 小川 達彦; 甲斐 健師; 平田 悠歩; 津田 修一; Parisi, A.*
Physics in Medicine & Biology, 68(15), p.155005_1 - 155005_15, 2023/07
被引用回数:5 パーセンタイル:80.72(Engineering, Biomedical)PHITSには、マイクロドジメトリ機能と呼ばれるモンテカルロ法と解析関数を組み合わせて巨視的な空間内における微視的な領域の線量分布を計算する機能が備わっている。本論文では、そのマイクロドジメトリ機能を同じくPHITSに組み込まれた最新の飛跡構造解析モードを使って改良した結果について報告する。
甲斐 健師; 樋川 智洋; 松谷 悠佑*; 平田 悠歩; 手塚 智哉*; 土田 秀次*; 横谷 明徳*
RSC Advances (Internet), 13(11), p.7076 - 7086, 2023/03
被引用回数:4 パーセンタイル:62.38(Chemistry, Multidisciplinary)水の放射線分解に関する科学的知見は、生命科学などに幅広く利用されるが、水の分解生成物であるラジカルの生成メカニズムは未だ良く分かっていない。我々は、放射線物理の観点から、この生成メカニズムを解く計算コードの開発に挑戦し、第一原理計算により、水中の二次電子挙動は、水との衝突効果のみならず分極効果にも支配されることを明らかにした。さらに、二次電子の空間分布をもとに、電離と電子励起の割合を予測した結果、水和電子の初期収量の予測値は、放射線化学の観点から予測された初期収量を再現することに成功した。この結果は、開発した計算コードが放射線物理から放射線化学への合理的な時空間接続を実現できることを示している。本研究成果は、水の放射線分解の最初期過程を理解するための新たな科学的知見になることが期待できる。
小川 達彦; 平田 悠歩; 松谷 悠佑; 甲斐 健師
Isotope News, (784), p.13 - 16, 2022/12
入射荷電粒子が二次電子を生じる過程を原子サイズで明示的に計算する飛跡構造解析計算は、放射線生物影響,材料照射効果,放射線検出などの研究にとって重要な技術であり、近年主著者らの研究で新しい飛跡構造解析計算コードが開発された。従来の飛跡構造解析計算は標的物質の誘電関数を基に断面積を計算するため、誘電関数が良く測定されている水以外に、適用できるモデルは限られていた。本研究では誘電関数を使うことなく、二次電子エネルギー分布の系統式と阻止能を基に飛跡構造解析計算を行う手法により、誘電関数の測定値の有無にかかわらず、任意の物質で飛跡構造解析計算を実行することを可能とした。こうして開発したモデルで、陽子による水中の動径線量分布や二次電子生成量を計算したところ、従来のコードや実験値とよく一致した。このモデルは原子力機構の放射線輸送計算コードであるPHITS Ver3.25以降に実装され、任意物質に適用できる世界初の汎用飛跡構造解析コードとしてユーザーに提供されている。
平田 悠歩; 甲斐 健師; 小川 達彦; 松谷 悠佑; 佐藤 達彦
Japanese Journal of Applied Physics, 61(10), p.106004_1 - 106004_6, 2022/10
被引用回数:5 パーセンタイル:52.19(Physics, Applied)検出器や半導体メモリなどのSiデバイスにおいて、パルス波高欠損やソフトエラーなどの放射線影響が問題となっている。このような放射線影響のメカニズムを解明するためには、放射線による精密なエネルギー付与情報が必要である。そこで、Siにおける電子線のエネルギー付与をナノスケールで計算できる電子線飛跡構造解析機能を開発しPHITSに実装した。開発した機能の検証として電子の飛程や付与エネルギー分布を計算したところ、既報のモデルと一致することを確認した。また、一つのキャリア生成に必要なエネルギー(値)について、実験値を再現する二次電子生成のエネルギー閾値は2.75eVであることを見出すとともに、このエネルギー閾値は解析的に計算された結果および実験値と一致することがわかった。本研究で開発した電子線飛跡構造解析機能はSiデバイスに対する放射線影響の調査に応用することが期待される。
谷内 淑恵*; 甲斐 健師; 松谷 悠佑; 平田 悠歩; 吉井 勇治*; 伊達 広行*
Scientific Reports (Internet), 12, p.16412_1 - 16412_8, 2022/09
被引用回数:2 パーセンタイル:32.67(Multidisciplinary Sciences)近年、腫瘍を見ながら治療する磁場共鳴誘導放射線治療法(MRgRT)が開発され、その装置が医療施設へ導入され始めている。MRgRTにおいて、ローレンツ力は荷電粒子によるマクロな線量分布を変調することが知られているが、生体内におけるミクロな放射線飛跡構造や初期DNA損傷に対するローレンツ力の影響は未解明のままである。本研究では、PHITSを利用し、静磁場が印加された生体内の電子線飛跡構造を模擬し、その結果から生物学的効果の特徴を推定した。本研究により、腫瘍サイズのマクロな線量分布はローレンツ力に強く依存する一方、分子サイズのミクロなDNA損傷は、ローレンツ力の影響を受けない数10eV未満の二次電子がDNAの二本鎖切断に起因することを明らかにした。本研究から得られた新たな知見はMRgRTの発展に大きく寄与することが期待される。
平田 悠歩; 佐藤 達彦; 渡辺 賢一*; 小川 達彦; Parisi, A.*; 瓜谷 章*
Journal of Nuclear Science and Technology, 59(7), p.915 - 924, 2022/07
被引用回数:11 パーセンタイル:90.95(Nuclear Science & Technology)放射線測定において、検出器の線量応答を高い信頼性を持って評価することは、放射線治療,放射線防護,高エネルギー物理学など、多様な分野で共通した課題となる。しかし、多くの蛍光現象を利用する放射線検出器では、高い線エネルギー付与(LET)を持つ放射線に対して消光効果と呼ばれる検出効率の低下を示すことが知られている。また、この消光現象は、異なる種類の粒子線による微小領域へのエネルギー付与分布の変化にも依存する。先行研究では、PHITSコードのマイクロドジメトリ計算により消光現象を予測する手法が開発されていた。本研究では、この成果を活用して、PHITSのマイクロドジメトリ計算により、BaFBr:Eu検出器の光刺激蛍光(OSL)効率を予測した。また、He, C, Neのイオンビーム照射実験を行い、BaFBr:Eu検出器の発光効率変化を測定し、計算による予測値を検証した。本検証では、PHITSのマイクロドジメトリ計算でターゲット球の直径を30-50nmと設定することで、発光効率の予測値が実験値を再現した。また、計算によりBaFBr:Euの発光効率の粒子線種に対する依存性を明らかにし、PHITSのマイクロドジメトリ計算がBaFBr:EuのOSL測定結果を正確に予測できることを示した。
松谷 悠佑; 楠本 多聞*; 谷内 淑恵*; 平田 悠歩; 三輪 美沙子*; 石川 正純*; 伊達 広行*; 岩元 洋介; 松山 成男*; 福永 久典*
AIP Advances (Internet), 12(2), p.025013_1 - 025013_9, 2022/02
被引用回数:6 パーセンタイル:52.19(Nanoscience & Nanotechnology)ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy: BNCT)は、腫瘍細胞選択的にホウ素薬剤を集積させ、Bと熱中性子の核反応から発生する線やLiイオンを利用して、腫瘍細胞に効率的に治療する放射線療法である。近年開発の進む加速器型(病院設置型)中性子源により、将来的に数多くの医療施設でBNCTが普及すると期待されている。加速器型中性子源で、BNCTに用いる熱外中性子はLi(p,n)Be反応により生成する。様々な種類の放射線や粒子の挙動を模擬できる放射線輸送計算コードPHITSでは、近年の改良により、日本国内の評価済み核データライブラリー(JENDL-4.0/HE)を使用してLi(p,n)Be反応からの中性子生成の推定が可能となった。本研究では、病院設置型BNCTの治療効果の評価へ向けて、PHITSで考慮されている中性子発生断面積や中性子エネルギー分布の基礎的検証を行った。さらに、熱中性子や反跳陽子の発生数 を試算し、BFガス計数管や固体飛跡検出器CR-39の測定値と比較した。その結果、これらの検証により、PHITSコードがLiターゲットを使用して加速器から生成された中性子を正確に予測できることを確認した。この成果は、PHITSコードが加速器型中性子場の正確な評価と加速器型BNCTの治療効果の予測に有用であることを示すものである。
松谷 悠佑; 甲斐 健師; 佐藤 達彦; 小川 達彦; 平田 悠歩; 吉井 勇治*; Parisi, A.*; Liamsuwan, T.*
International Journal of Radiation Biology, 98(2), p.148 - 157, 2022/02
被引用回数:19 パーセンタイル:77.95(Biology)放射線による生物学的効果の研究を計算手法で進める場合、細胞内およびDNAスケールにおいて生体と等価物質である液体水中の各原子相互作用を明示的に考慮して、飛跡構造を解析することが重要となる。粒子・重イオン輸送計算コードPHITSは、独自の電子線飛跡構造解析モード(etsmode)ならびに、陽子・炭素イオンを模擬可能な世界的に有名なKURBUCアルゴリズムを使用することで、飛跡構造を詳細に計算できる。本研究では、電子線,陽子線,炭素線に関するPHITSの飛跡構造解析モードについて、物理的な特性(飛程・動径線量・微視的エネルギー付与)を評価し、文献の実験データや他のシミュレーションの文献値と一致することを検証した。また、電子線を対象に、早期の生物影響であるDNA一本鎖切断やDNA二本鎖切断、さらには複雑なDNA損傷であるクラスター損傷の発生数を推定し、電子線の入射エネルギー依存性を評価した。その結果、DNA損傷タイプはナノメートルスケールの電離励起の空間パターンに深く関与し、約500eVの電子線で複雑なDNA損傷の収量が大きくなることを明らかにした。PHITS飛跡構造解析モードの開発や検証並びに放射線生物研究へ応用した本成果は、放射線による生物学的効果の発生メカニズムの解明へ向けた研究を発展させるものである。
小川 達彦; 平田 悠歩; 松谷 悠佑; 甲斐 健師
Scientific Reports (Internet), 11(1), p.24401_1 - 24401_10, 2021/12
被引用回数:19 パーセンタイル:77.27(Multidisciplinary Sciences)入射荷電粒子が二次電子を生じる過程を明示的に計算する飛跡構造解析計算は、放射線生物影響,材料照射効果,放射線検出などの研究にとって重要な技術であり、これまで多くの研究に応用されてきた。しかし、従来の飛跡構造解析計算は標的物質の誘電関数を基に行われており、水以外の誘電関数はあまりよく知られていない。そこで本研究では誘電関数を使うことなく、二次電子エネルギー分布の系統式と阻止能を基に飛跡構造解析計算を行う手法を考案した。これにより、誘電関数の測定値の有無にかかわらず、任意の物質で飛跡構造解析計算を実行することを可能とした。まずこの手法で、標準的な検証データである陽子の水中の飛程や、エネルギー付与の動径方向分布を計算したところ、従来のコードや実験値とよく一致した。そこで、従来のコードが扱えなかった生体等価ガスを例にとり、同ガス中でのlineal energyを本研究で開発した手法により計算したところ、これも実験値の分布をよく再現し、水として近似した場合とは明確な差がみられた。このモデルは原子力機構の放射線輸送計算コードであるPHITS Ver3.25以降に実装され、任意物質に適用できる世界初の汎用飛跡構造解析コードとしてユーザーに提供される予定である。
松谷 悠佑; 甲斐 健師; 小川 達彦; 平田 悠歩; 佐藤 達彦
放射線化学(インターネット), (112), p.15 - 20, 2021/11
Particle and Heavy Ion Transport code System (PHITS)は、放射線挙動を模擬する汎用モンテカルロコードであり、原子力分野のみならず工学,医学,理学などの多様な分野で広く利用されている。PHITSは2010年に公開されて以降、機能拡張や利便性向上のために改良が進められてきた。今日までに、電子線,陽電子線,陽子線,炭素線の4種類の荷電粒子を対象として、液相水中における個々の原子との反応を模擬できる飛跡構造解析モードの開発を進めてきた。本モードの開発により、DNAスケールまで分解した微視的な線量付与の計算が可能となった。加えて、飛跡構造解析モードの高精度化へ向けて、任意物質中において多様な粒子タイプに適用可能な汎用的飛跡構造解析モードの開発も進められている。本稿で解説するPHITS飛跡構造解析モードに関するこれまでの開発経緯と将来展望により、PHITSコードの原子物理学,放射線化学,量子生命科学分野への応用がより一層期待される。
松谷 悠佑; 甲斐 健師; 吉井 勇治*; 楠本 多聞*; 赤松 憲*; 平田 悠歩; 佐藤 達彦
no journal, ,
細胞死や突然変異などの放射線影響の発生メカニズムの解明には、それら初期過程である原子間相互作用(物理過程)やラジカル反応(化学過程)の評価が重要である。近年、粒子・重イオン輸送汎用モンテカルロコードであるPHITSコードでは、それら過程を詳細に模擬するシミュレーションコードを開発した。そこで本発表では、人体における放射線の物理過程が計算可能な飛跡構造解析モード(PHITS-ETS・PHITS-KURBUCモード)、ならびにラジカルの生成・拡散・反応が指定可能なケミカルコード(PHITS-Chemコード)の特徴や開発状況について紹介する。本発表により、生命科学や医療分野における放射線影響の正確な理解のみならず、原子力工学への一層の応用も期待できる。
佐藤 達彦; 松谷 悠佑; 甲斐 健師; 小川 達彦; 平田 悠歩; 関川 卓也
no journal, ,
PHITSは、任意物質中における様々な放射線の振る舞いをコンピュータ内で再現するモンテカルロ放射線挙動解析計算コードであり、現在、そのユーザー数は8,000名を超え世界68カ国で利用されている。その主な利用目的は、放射線施設設計、医学物理、放射線防護、宇宙線研究などである。PHITSのような汎用放射線挙動解析コードは、荷電粒子による物質へのエネルギー付与量を計算する際、阻止能に基づく連続エネルギー損失近似を採用するのが一般的である。しかし、DNAのようなナノスケールの放射線影響を解明するためには、荷電粒子の飛跡周辺に発生する個々の電離や励起の位置(飛跡構造)を正確に再現する必要があり、連続エネルギー損失近似では不十分である。本発表では、近年、PHITSに導入した飛跡構造解析モード及びそれを応用したDNA損傷計算結果について紹介する。