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田崎 真樹子; 清水 亮; 木村 隆志; 須田 一則
JAEA-Review 2024-041, 88 Pages, 2024/11
2018年度から開始した「非核化達成のための要因分析と技術的プロセスの研究」の一環で、イランの核開発及び非核化(包括的共同作業計画まで)の事例を調査し、それらを8つの非核化要因((1)核開発の動機、(2)非核化を決断した際の内外情勢、(3)核開発の進捗度、(4)制裁の効果、(5)非核化の国際的枠組み、(6)非核化のインセンティブ、(7)非核化の方法、(8)非核化の検証者、検証方法)から分析し、他国の非核化との比較も交えて得られる非核化の教訓を導いた。パーレビ国王下のイランは、米国の支援を得て研究炉等を導入し、商用原子炉の建設や自国でのウラン濃縮の実施等、原子力プログラムの推進を企図したが、1979年のイラン・イスラム革命で原子力計画は一時停止した。しかしイラン・イラク戦争で、イラクから化学兵器の攻撃を受け、国際社会からもイランが望んだ対応を得られなかったこと等から、秘密裡の核開発に舵を切り、パキスタンの「核の供給ネットワーク」から遠心分離機等を調達すると共に、ナタンズに秘密裡のウラン濃縮施設を建設し、アラクに重水炉の建設も企図した。加えて、後に「イランの核プログラムの軍事的側面の可能性」と呼ばれることになる核兵器開発に繋がる活動も実施したとされる。しかし、2002年のイラン反体制派によりそれまでの秘密裡の活動が暴露され、イランは核開発よりもウラン濃縮活動の維持と継続を優先した。IAEAとの協力を維持して外交交渉で事態打開を目指し国連安全保障理事会への付託や経済制裁を避けるとの「現実的アプローチ」を採ることとして、2002年からEU3か国(仏独英)と、また2006年からは5核兵器国を交えてEU3/E+3(中仏独露英米とEU)と非核化交渉を開始した。そして2015年に包括的共同作業計画の合意に至った。イランの非核化事例の教訓としては、非核化には、国際社会の非核化に向けたモメンタム、5核兵器国の協調・協力(当事国全ての国による合意の遵守も含まれる)、制裁の有効的な活用、非核化対象国の非核化に対するインセンティブを損なわないための原子力平和利用の保証が重要であり、非核化の検証方法や手段、制裁解除の条件の明確化等が必要であることが挙げられる。